2009年11月13日

忙しいから、立ち止まってみる



いろいろなプロジェクトが同時に動き出し、混乱気味だったので
思い切って、スケジュール管理しかできない状況に追い込みました。

すると、忘れていたいろいろなものが思い出され、何をしよう、何をしなければならないか
をリストアップすることができ、随分と効率的に進めることが出来ました。
効率的に進めた結果、さらに仕事は増えることとなり・・・

当たり前のことを書いてますが、
忙しいとなかなか、整理のために時間を割くということがもったいなくて出来なくなります。

このエントリーをたまたまご覧いただいた読者の方。

勇気を振り絞って、立ち止まってスケジュールを練り直してみませんか?^^

今週の私はそれで成功しました。
ただ、余計、忙しくなりましたが・・・どんまい、俺w  


Posted by 渥美尚人特定社会保険労務士・行政書士事務所 at 16:47Comments(0)その他

2009年11月05日

助成金<2年で240万円(最大)へ引き上げ>



労働時間等設定改善推進助成金という中小企業団体向けの助成金に
中小企業助成枠を設け(つまり、団体向け助成金が個別企業向けにも受給できるようになり)
計画的な働き方の改革に取り組み、併せて時間外手当の割増率の引き上げを実施した企業に対し
初年度100万円を支給。さらにアドバイザーを受け入れた企業に対して20万円を限度に実費支給する
助成金が平成22年度よりスタートする見込み。

2年度目にも同額が支給され、あわせて2年で240万円という助成金制度となる。

内容的には今年の1月に新規申請を締め切った「中小企業労働時間適正化促進助成金」と似たようなものになりそう。
「中小企業労働時間適正化促進助成金」では、本腰を入れて残業削減に取り組む会社に対してはありがたい助成金だったが、残業削減に積極的でない会社ではリスキーな助成金だった。

新たな助成金がどの程度有用なのか、注意深く見守っていきます。  


Posted by 渥美尚人特定社会保険労務士・行政書士事務所 at 15:59Comments(0)・法改正最新情報

2009年11月03日

脱論理原理主義のすすめ



論理は密のように甘く、人々を魅了します。
その虜に嵌ると、それに抗える人は少なく、その甘みの中に多少のえぐみを感じても、論理的であることの事実がそれを覆い隠してしまいます。
そして、その確からしさを経験的に身につけているだけに、論理的であることに全幅の信頼を置いてしまうことがほとんどだと思います。

ところが論理とは何か?を考えると、意思決定の手段もしくは他人を説得するための手段であることが分かります。
何かをしたい、何かの問題を解決しなければならない、そのためにどうするか?
その解を求めるために、論理という手法を使用しているのだと。
決して、論理あるいは論理的であることが目的にはなり得ないのです。
ここに論理に対する依存が過ぎると誤った行動をとってしまう原因があるのです。
数学の証明と違い、実世界の論理には必ずイレギュラーを包含しており
それを無視して論理を進めることは決して誤りではありません。
最も目的を実現する可能性の高い解を求めるには、イレギュラーの存在は無視して差し支えないのです。

ところが、その解を実行に移すと目的が実現しないことが頻繁におきる。

なぜか?

簡単な算数で説明できます。

あるAという手段では70%の確率で狙った結果が得られる。
次のBという手段でも70%の確率で狙った結果が得られる。

人がとる行動で「普通、こうするよね」という常識的な行動は60%ぐらいのシェアをとれば「常識的」という理解がされます。
ですので、70%という確率はかなり高い確率と言えます。
ところが、AをしてBをすれば、目的が実現できるはずという論理。高い確率ですが
70%×70%=49%となり、2回に1回は実現しないということが分かるのです。
Bの次善の手段でCという手段では?
最初からAをしてCをするという手段はとらないはず。

ひとは賢いから、Bをしている途中で失敗しそうになれば、目的が実現する方向へ修正するはず。

そう!
まさにそうなのですが、それはA→Bという短い論理で、俯瞰できるから、といえるのです。
「ひとは賢いから、Bをしている途中で失敗しそうになれば、目的が実現する方向へ修正するはず」は
論理原理主義から脱しているから取れる行動であって
これが、多くの論理のステップを踏んでいると、その論理の中の一工程しか見ていないと
なかなか、論理から脱することは困難なのです。

ずばり「目的意識を失った」行動になってしまうのです。

目的意識を持って、常に行動しよう!といっても、「そんなことを今更言われなくても分かっている!」と反発されるはず。
ところが、『脱』論理原理主義って言われると、なんだろ、それ?ってなりませんか?
そして、ビジネスシーンをみると、論理原理主義に囚われてしまっている方がとても多いのです。

論理も手段、こう認識することで、論理的であることの呪縛から脱しやすくなるのでは?と思い、投稿してみます○┓ペコ  


Posted by 渥美尚人特定社会保険労務士・行政書士事務所 at 11:44Comments(0)その他