2009年06月02日

ロジカルシンキングの限界

挑戦的なタイトルw

何を隠そう、私自身ロジカルシンキングには自信がある。

論理的であることはとても大事なことだし、論理的でない手法は確立論から選択すべきでない。
だが、論理的であることは目標を実現するための非常に効率的で効果的な手法ではあるが、やっぱりただの手法でしかない。

システムが上手く機能していないとき、手段が目的化してしまっているとはよく聞く指摘だが、ロジカルシンキングも所詮、手段ということはそれが当てはまるはずである。

ところがその批判の矢面に立たされないのは、論理的であることの説得性、論理的であることの魅力にヒトは抗しきれないところがある。その反論は多くが感性的であるだけに。

「理解できるが納得できない」

こういう評価をした選択肢は、果たしてベストチョイスとなるのか?
ベストチョイスとなるかどうか、統計的にきちんと確認したわけではないが、たぶん、違うのだろうと感じている。
納得できないという部分で腹の括り方が緩む。成功まで続けるモチベーションの維持に難しい。と上手くいかない理由を挙げれば容易に挙げられる。

なぜ、このようなことが起こるのか?
「国家の品格」という1昨年だったか?ベストセラーになった本の中で、数学者の著者はこんなことを言っている。
「誤った出発点からスタートした極めて精緻な論理は、とんでもない結論を導く」(私の意訳w)

つまり、ロジカルシンキングも突き詰めて、極めて精緻に出来たとしても、出発点の選択を誤れば、誤った方策を導き出してしまうということ。

論理的なものに抗すことの心理的抵抗は、私も理屈っぽいだけによく分かるが、所詮、一つの手法という見透かした心持ちがあれば、誤った選択をせずに済むことがあるかもしれない。

起業・創業に限らず、論理的であることはとても重要だが、それに縛られすぎることも目標の実現には遠回りになるということも知っておいて損はないと思います。

もうひとつ。ロジカルシンキングの限界を示す示唆を。

世の中はヒトが動かしている。そのヒトの中で、すべて論理的な行動をとるものはごく少数。
論理的が確率論的側面を有していることから言えば、この時点で論理矛盾を来している。
考えたとおりに、社会は動かない。だから、ヒトって面白い。だから、労務管理はやめられない。
  


Posted by 渥美尚人特定社会保険労務士・行政書士事務所 at 18:09Comments(0)その他